5 Happy Birthday(前編)
あたしはここの所、学校行事(体育祭&試験の準備)に忙殺されていて、
その上、バイト先の先輩が急に入院してしまって、
急遽、予定外の日にもバイトに行かなくちゃいけなくなったり…で。
連日帰りが遅くなっていたの。
だから、その日のことをすっかり忘れてた。と言うか、眼中にもなかった。
卓も、仕事で忙しいし疲れてるだろうに、
「気にするな、その分集中してやって来いよ」って言ってくれて、
家事とかずいぶん代わりにやってもらっちゃってた。
だから、体育祭が終わり、バイト先の方もなんとか人員のやりくりのめどがついて、
試験も、明日の1教科を残すのみとなって、久しぶりに早めに帰宅した日、
一緒に夕食を食べていた卓が、
「明日、外で飯でも食うか。」と言った時も、卓がこんなことを言い出すのは、
珍しいな…くらいにしか思わなかった。
一緒に住むようになって、外食をしたことは、
引っ越してきたその日に、お蕎麦屋さんに行った時だけだった。
卓は一人で暮らしていた間、外食とコンビニ弁当とカップ麺ばかりと言う時期があって、
飽きてしまったんだとか…。
あたしも、別にこだわる訳ではないけれど、外食やコンビニの味付けとかに
ちょっと抵抗があったりするし。
濃すぎたり、油っこいものがあったりして、なじめない。
食べた後でもたれることも多いし。
だから、うちでは必然的に自炊が多くなる。
それに、あたしの作ったものを、美味しいって言って
たくさん食べてくれる卓を見てたら、どんなに忙しくたって、自分で作りたいよ。
他の人が作った食事が美味しいって言われたら、きっとヘコむ。
…心狭いのかな、あたし…?
「…なんで?あたし、明日は早く帰ってこれるから、作るよ?」
「…そうじゃなくて。おまえこの所忙しくて疲れてるだろ?
頑張ってたみたいだし、ご褒美だ、ご褒美。たまには息抜きしとけ。
…ってことで、明日、夜6時、駅前で待ち合わせな。…決定。」
強引に決定事項になってるし。…でも、まぁ、いいか。
甘えて明日もう一日だけはサボっちゃおう。
「…あ、服、カジュアルとかジーンズは禁止な。」
…はい?…あのー、それって一体…。
「この間買ったワンピース、あれ着て。」
…え。あれ、着るの…?
「…あれ?…着るの?」ちょーっと、抵抗の意思表示をしてみる。
「そう、あれ、着て。」
卓はそんなあたしの意思表示なんて、あっさり見てみない振りして、平然と答えた。
「…どうしても?」
「どうしても。絶対。」…あうー…。
にこにこと笑って、卓が一言付け加えた。
「…着てこなかったら、行く前にもっとすごいの買って着替えさせるから。」
もっとすごいのって、ナニ!?
そう来たか…。別の服着ていってごまかそうかと思っていたあたしに、牽制の一言。
「……わ、分かった…。」
そう言われたら、もう、こう答えるしかないじゃない…。
やられた…って、感じ。
で、翌日。早く帰って来たあたしは、洗濯と掃除を同時進行で片付けて、
ハンガーに掛かっている卓のリクエストの『あのワンピース』を前に、
しばらくの間悩んでいた。
”コレ…本当に着ていかなきゃ、ダメかなぁ…。”
思わずため息が出ちゃうよ。
卓とデパートのバーゲンに行った時に、
いつもあたしが服を買う所より、値段もグレードも高いショップで、
卓が見つけた薄紫の、ノースリーブのワンピース。
光沢のある生地に、同色の糸で凝ったデザインの刺繍が、全体に施されてるの。
そして、腰には、細い銀色のチェーンで出来たベルトをつける。
…こう書くと、着るのを嫌がるようなものじゃないって、思うかも知れないけれど。
問題は…スカート部分の丈と、全体のデザインにある。
薦められるままに試着してみて分かったんだけど、結構…露出度が高い。
丈は短いし、襟ぐりが広くて、鎖骨はもちろん、胸元もかなり見える。
サイズ的にはぴったりなんだけど、体のラインがはっきり出るデザイン。
ウエストはかなり絞ってあるんだけど、裾の方に行くにつれて、
布地をたっぷり使っているためか、ひらひらして、足元がすーすーする。
この丈でこのデザイン…風でも吹いたりしたら…絶対下着が見える…。
あたし的には、間違っても買わないし、着ない服。
綺麗な服だとは思うけれど。買ったって、着ていくところも機会もないし。
試着するだけならタダだし、別にいいか…。
…なのに。着て試着室を出た時の、卓の顔ったら。
一瞬呆けたような顔をして、次に、ニヤーって、笑ったの!
もうもう、何て言うか、今卓の頭の中開いて見てみたら、
多分妖しい色の妄想が渦巻いてるでしょ絶対!って、
突っ込みたくなるような笑顔だった…。
結局、あたしが何度もいらない!って言っても、卓は、いいから、と流して
財布からクレジットカードを出して、さっさと会計を済ませてしまった。
諦めモードで、何気に卓がサインしてた伝票に書かれた金額を見て、
あたしは本気でこの服を返品したくなった。
…高そうだな、とは思っていたけれど!何、この金額は…!?
いつもあたしが買う服とは、金額がひと桁…違ってた。
このワンピース1枚で、いつもあたしがよく買うお店の服が、
2〜3着は買えるのよ!?バーゲン時期ならもっと買える。
…貧乏性って言わないで。
お店を出たところで、卓と押し問答した。
いくらなんでも、気軽に買っていいような金額じゃない。
着ていく場所も機会もない、あたし自身が着る気のない服に、
何万もかけてどうする気!?と噛み付いたあたしに、卓が言った。
「…じゃあ、着て行く場所と機会があるならいいんだな?
近いうちにセッティングするからな。」と。
”きっと、卓はあの時のことを覚えていたから、
今日食事に行こうって言い出したんだ…。”
気は進まないけれど…せっかく買ってくれたことだし…。
着なきゃ卓はがっかりするだろうなと思って…。
あたしは、ハンガーからワンピースをはずして、着替え始めた。
…うーん…。
鏡の前で、あたしはしばし考え込んでた。
髪を編みこんでアップにして。
ノーメイクだと服とのバランスが取れないから、薄くメイクしてみて。
結果。
”…うわー!!イヤだ!!”
なんか…媚びてるようなカンジで、気持ちわるい。
…自分じゃないみたいでイヤだ。
誰も見ていないのに、恥ずかしすぎてどうしようもない。
…ダメだ。…こんな服で、外に出たくない。出られない。
着替えよう。…卓にはあとで謝ろう。…がっかりするかも知れないけれど。
だけど、どうしても、これを着ていくのは恥ずかしくて、無理。
待ち合わせの駅前に着く前に、耐えられなくなりそうな気がする。
後ろのファスナーに手をかけようとした時、ドアがいきなり開いた。
「茜ー、仕事早く終わったから、迎えに来…た…」卓の言葉が途切れた。
「………っ…!」
うわ。何で帰って来るの!?
せめてあと5分遅ければ、見られない内に着替えられたのに…!
「うわ、試着のときよりいいじゃん、あ、化粧したんだ、似合って…」
「い…っやー!!」
「おい、茜!?」あたしの大声に卓がびっくりして固まってる内に、
部屋のドアを閉めてカギをかけた。
”やだやだやだ!何でこんな絶妙のタイミングで帰って来るの!?”
卓がドアを叩いて出て来るように言ってるのが聞こえる。
「やだ!この服着て行かなきゃいけないなら、出ない!!」
「あーかーねー…!なに拗ねてるんだよ、どうして?
…その服、似合ってるのに。」
「嘘。似合ってなんかないよ!こんな…露出度高い服…!
そ…それに…なんか、媚びてるみたいでやだ!」
「そんな事ないよ。頼むからここ開けて出て来いって…。」
「…やー!!」
「…あっそう。…じゃあ、いいよ。ドア蹴破るから。」
卓がとんでもない事を言い出した。
蹴破るって…ここ賃貸でしょ!?壊したら修理代が幾らかかるか…!
この期に及んで、そんなことを考えてしまう自分の、身についた貧乏性が悲しい…。
「…なっ!ダメー!!」
「蹴破られたくなかったら、早く開けろよ。」
「……。」うー…。
でも、開けたら最後、絶対外に連れ出される。
そんなあたしに、卓のとどめの一言。
「修理代、おまえ持ちな。」
”…何よそれー!”理不尽な言葉にむかーっと来たものの、
ここで開けなきゃほんとにやりかねない卓に観念して…
仕方なく…本当に仕方なく、ドアを開けた。