4 一枚の葉書



茜が、卓と暮らすようになってから、2ヶ月が経とうとしていた。

「おかえりー、卓。お疲れ様、お風呂沸いてるよ、
食事できるまでまだちょっとかかるから、先に入る?」
「そうだな…そうするよ。あ、茜、おまえに葉書来てるぞ。」
仕事から帰って来た卓が郵便受けに入っていた郵便物を見ながら言った。
夕食に使う野菜を切っていた茜は、大して気にも留めずに何気なく答えた。
「…どうせどっかのダイレクトメールでしょ?
あたし、ここの住所、学校とバイト先と友達以外に教えてないし。」
教えた相手の中に、わざわざ葉書なんて出してくるような心当たりは、ない。
だから、ダイレクトメールと思ったのだが。
「…いや、これ前の住所から転送されて来てるし、差出人が個人名だし。
ダイレクトメールじゃないと思うぞ?…あ、これ往復葉書だ。」
「…えー…?誰だろう…。」
夕食を作る手を一旦止めて、茜は卓から葉書を受け取った。
卓はスーツを脱いで着替えようと奥の部屋に入って行こうとした。
その時、背後でビリビリ!と、紙を破く音がした。
「…茜!?」
振り返ると、破いた紙…さっきまで葉書だったものだ…を
ごみ箱に放り投げて、茜がキッチンに戻る後ろ姿が見えた。
後ろ姿が、強烈に怒ってるのが見て取れた。
「…?」何気なくごみ箱を覗いた卓が、あちゃー…と、頭を抱えた。
”…まずった。中身確認してやればよかった…。”
お互いのプライバシーを尊重するため、ふたりの間には
郵便物や手帳、携帯等の管理は自分でする、相手の物を黙って見たりしないと言う
暗黙のルールがいつの間にか出来ていた。
そのルールを破ってでも、茜の目に触れさせたくない内容のものを、
卓は茜に何気なく渡してしまったのだ。
彼女のまだ癒えきっていない古傷を再び抉りかねないものを。

キッチンで、茜は何事もなかったように夕食の支度の続きをしていた。
「…おなか空いたでしょ?待っててね、もうすぐ出来るから。」
包丁を取ろうとした茜の手を、卓は止めた。
「卓?」
「代わるよ。」
「え、なんで…」
「冷静じゃない時に刃物持つと、怪我しやすいから。」
「…平気だよ、別に怒ってなんかないし。」
「…へー、怒ってるって自覚はあるんだな。
俺は『冷静じゃない』とは言ったが、『怒ってる』とは一言も言ってないんだけど?」
そう言いながら、卓は茜の顔を自分の胸に押し付ける。
「…!!」
「…それに、泣いてちゃ視界悪いだろうし。」
「なっ…!泣いてなんか…玉葱のせいだもん!」
「ほー、まだ切ってない玉葱で涙が出るのか?おまえは。」
「…卓って、時々もの凄く意地悪になるよね…?」
「…それは心外だな。」
腕の中で、自分に見られないようにこっそりと涙を拭っている
茜は、意地っ張りと言うか、なんと言うか…形容しかねる。
卓はちょっと苦笑しながら茜の頭を軽く撫でた。
「…予定変更。先に風呂入ろうか?」
「え!?」
卓は、ガスレンジの火を止めてから、ひょい、と茜を荷物を抱えるようにして
肩の上に担ぐように抱き上げ、片手でバスタオルを2枚、
洗濯物の中から探し出して、そのまま茜をバスルームに連行した。
「ちょっ…!やだ、卓!…おーろーしーてーぇっ!!」
「暴れたら落っことすぞ。」卓の一言で、茜は少しおとなしくなる。
…だって、流石に落っことされたくはないからね…。



卓は脱衣所で抱き上げていた茜をおろした。
「…っ、もう!あたしは工事現場のセメント袋じゃないのよっ!
やるに事欠いて、何て言う持ち運び方するのよ!?」
などと、抗議している茜にはお構いなしで、
卓はそれはそれはもう手際よく彼女の服を脱がせていく。
あっと言う間にTシャツを脱がされ、ブラを外される。
デニム地のミニスカートも脱がされてしまう。
「…おっ、今日は水色。今日のはなんかやらしくないか?」
…なにが、と言うまでもなくお分かりだと思うが、下着の色のことである。
ちなみにブラと同じデザインである。
卓は心なしか嬉しそうに、サイドのレース地でできた紐をほどこうとする。
「やっ…やらしくなんかないじゃん!そう考える卓の方がやらしいっ!」
「…よくお分かりで。」
「…うぎゃー!!やめてよバカー!!」
両サイドの紐に指をかけ、一気にほどいて茜の肌から離す。
そして自分もさっさと服を脱いで茜をバスルームに連れ込み、
シャワーの栓をひねって出した。
シャワーでかけ湯代わりに体をざっと洗い流し、卓はさっさとバスタブに体を沈めた。
「入んないのか?」
「さ、先に体洗わせて。」
「後で俺が洗ってやるって。」
「いや。…遠慮します。」間髪いれずに答える。
「…即答したな。」
だって、卓の洗いかた、えっちくさくて恥ずかしいんだもの…。
「遠慮すんなって、ちゃーんと隅から隅まで洗ってやるから。」
「だからっ!そう言うのがいやなん…うひゃあぁ!!」
卓が勢いよく体を起こしてバスタブから出てきて、有無を言わさず捕獲される。
空いた片手でボディーソープの容器を掴み、背中に適量かけられた。
そして、それを手で泡立てていきながら、茜の体全体に広げて行く。
「ちょ…やだ、卓、くすぐったいからやだ!!」
泡で摩擦が少ない分、卓の手は茜の肌の上を良く滑る。
背中、腕、首筋…。
「ひゃ…っん!!」両脇の下から手を差し込まれて、卓の手が前の方に…。
何なの、この手のアヤシイ動きはっ!!
「…いいかげん慣れろって。」
「慣れろ…って…これってそう言う問題!?あっ、やぁ…ん!」
「茜、おまえ、胸大きくなってないか?」
「…バカバカバカ!真顔で聞かないでよねそんな事!!」
何でそう言うことだけには目聡いかな、この人は!
確かにここ最近、ブラのサイズがちょっときついような気はしていたけれど。
「ウエストのサイズは変わってないから、太ったって訳でもないみたいだし。
抱き上げた時も、重さは変わってないみたいだし…やっぱり胸だけサイズが…。」
などとブツブツ独り言を言いながら、手はしっかり茜の胸をさわさわと…。
「…信じられない!もぉ最低!卓のエッチ!スケベ!変態っ!」
「変態まで言うか!?そう言う事を言うのはこの口か?んー?」
「…んっ…!!」
卓の右手が茜のあごの下を押さえて。ちょっと横を向かされて、キスされた…。

「んっ…んん…!ふ…ぅん…!」
何度もキスされて、体を触られる。
そして、卓の手はどんどん下半身の方へと下りて行き…。
「ゃ…っ!!」
茜の一番敏感な場所に卓の指が触れる。
「あっ、やぁ…っ!卓…っ!あぁ…っ!!」
茜の声が上ずり、体が小刻みに震え、そのすぐ後、力が抜けた。
「…うわっ!?」いきなり脱力した茜を卓は慌てて支える。
「ごめ…ちょっと…もう、だめ。」
「…大丈夫?ごめん、ちょっと、やり過ぎたな。」
卓は、温めのシャワーで茜と自分の体についた泡を洗い流した。
そして、バスタブにもう一度入り、茜にも入るように促す。
茜は卓がまたさっきみたいな事するんじゃ…と言う疑いの目を向けた。
「もう何もしないから…ここでは。」
しばしの睨みあいの後…やがて、茜が諦めたように湯の中に入ってくる。
どうせイヤだと言っても、無駄なのは分かっていた。
これ以上大騒ぎする余力はなかった。
ここは素直にしておくのが一番穏便な方法だろう。

…それに、本当は、茜にも分かっていたのだ、卓の意図は。
1枚の葉書のせいで、不愉快になった自分の気持ちを紛らわせるためにした事だと。
…方向性が少し間違っている気がしないでもないが。
現に、少し気持ちは落ち着いた。…体の方はそうは行かなかったけれど…。
背後から、そっと抱きしめられる。
「卓…。」
「ん?」
「…おなかすいた。」ムードもへったくれもない茜の一言に、卓が吹き出した。
まぁ、無理もない。夕食の支度の最中に強引に誘っての入浴だったのだから。
「…よし、上がって飯食うか。」
続きはその後な、と、当然のように付け加えた卓に、茜は逆らう余力もなかった…。



「…ん…。」茜は肌寒さに目を覚ました。
肌寒いのは、エアコンがつけっ放しのせいだった。
あの後、食事の支度の続きを二人で急いでやって、限界寸前の空腹を満たし、
片付けもそこそこにもう一度お風呂に入り直し(今度は別々に入ってきちんと体を洗って。)
お風呂から上がるとすぐ、待ち構えていた卓にベッドに運ばれ、
…さっきまで抱き合っていたのだ…。

茜はふと思い出して、卓の腕の中から抜け出し…。
パジャマを羽織ってリビングに向かった。
ごみ箱の中から、破り捨てた葉書の残骸を取り出す。
取り出したそれを、セロテープで貼りあわせて復元する。
「…。」復元したそれを心底嫌そうに眺め…。
赤マジックを取り出して大きく『受け取り拒否』と書いて、カバンに入れた。
『○○中学3年A組クラス会のお知らせ』と書かれた葉書を。
”誰が行くもんか…!!”
あんなクラスに在籍していた事なんて、思い出したくない。
それどころか、消し去ってしまいたい過去のひとつだ。
…明日、目が覚めたら、朝一番で投函しに行こう。
それで茜の意図は差出人にはっきり伝わるだろう。
せめてもの意趣返しだ。
「…茜ー…?どうした…?」
ベッドから、半分寝惚けた卓の声が聞こえる。
「ううん、なんでもない。」
茜は明かりを消して、卓のいるベッドに潜り込んだ。

数分後…。
「…ちょっ…!嘘でしょ!?…やぁ…んっ!!」
ベッドの中が、再び騒がしくなる。
…どうやら、今夜は、眠らせてもらえそうにないらしい…。


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