5 Confession



  しばらくして、皐は泣き止んだ。
克己は、俯いていた皐の頬に手を当てて、自分の方を向かせた。
泣いた後の、潤んだ目をしている皐を見ていると、
泣かせたのは自分なのだが、妙な気持ちになりそうだった。
「…や…っ!」
泣いた後の顔を見られたくなくて、皐は克己の手を離そうとしたが、
その手を掴まれ、すっぽりと克巳の腕の中に抱きしめられた。
「…離して…っ!」
「…嫌なら、振りほどいて逃げたらいい。そんなに強くはしてないよ?」
言われて気が付いた。
確かに、力づくで抱きしめられている訳ではなかった。
克己が言う通り、皐の力でも容易に振りほどくことができる程度のものだった。
だけど…皐は動けなかった。
克巳の腕の中のあたたかさに、動けなくなってしまった。
”もう少しだけ…あと少しだけ…このままでいたい…。”
そんなことを考えてしまった自分に、皐は戸惑った。
この気持ちは…何なのだろう…?
”さっきのキスも…いやじゃ、なかった。”
驚きはしたけれど、不快感は感じなかった。
”男なんて、みんな単に女とやりたいだけなのかと思っていたのに。”
高校一年の時、同級生の男子にカラオケに誘われて、
何の疑いも持たずについて行ったら、ボックスに入った途端、いきなり押し倒された。
その時は、近くにあった分厚い本で、とっさに殴って逃げることに成功したが
それ以来、皐の男に対する嫌悪感が一気に表れるようになった…。

あの時は、相手がそんな行動に出るとは思わなかったし、
皐にも油断があったのかも知れない…。
だが、どう足掻いても女の自分ではかなわない力で、押さえつけようとする男に、
あの時吐きそうなほどの嫌悪感を抱いた。
そして…皐は自覚してはいなかったが、小さな頃からの父親との確執が、
皐の男性に対する嫌悪感に、一層の拍車をかけていた。
もっとも身近にいる父親と言う男性が、皐にとっては憎悪、嫌悪の対象だったのだ。
信に対する嫌悪感も、元をただせばそこから来るものだったのかも知れない…。



だが、克己には、初めからその嫌悪感を感じることはなかった。
相手が男と言うだけで、身構えてしまう自分が、
克己に対しては初めから自然に振る舞えた。

出会ったばかりの、見ず知らずの自分に、優しくしてくれた。
怪我をしていた自分に、手を差し伸べ、手当てをしてくれた。
誰にも言うつもりのなかった、言えなかった話を、聞いてくれた。
放って置けばいいのに、本気で心配して、叱ってくれた。
勝手にキレて飛び出した自分を追いかけて来てくれた。
いきなりキスされて、驚いたけれど、いやとは思わなかった…。
ぐずぐず泣くあたしに、何度も何度も謝って…。
そして、今、こうして抱きしめてくれている…。
今まで、こんな人いなかった…。
こんなにも優しくて、厳しくて、そして誰よりもあたたかい人は…。
そのことに気が付いた瞬間、霧が晴れたように、一つの気持ちが見えた。
”あたし…この人のことが…。”

「…すき…。」

無意識の内に、その言葉が口をついて出てきた。
言ってから、自分の言葉の重大さに気が付く。
「…あ…。」その言葉を言った端から、後悔している自分がいた。
なぜなら…自分がここにいられるのは、この夏の間だけなのだから…。
8月の末には、東京に帰らなくてはならない…。
残された期日は、もう、1か月を切っている。
それなのに、こんな気持ちになるなんて。
「…皐。」耳元で、少し掠れた声が、聞こえた。
初めて名前を呼ばれた。
「…ご…ごめん、今のなし!…忘れて!」
「皐!?」
「急に変なこと言っちゃってごめんなさい。…センセイだって困るよね。
あたしみたいな小娘にこんなこと言われちゃ…。ごめん、ほんと、忘れて…!」
皐はするりと克己の腕の中から抜け出した。
「皐!!待って…。」
「…まだ、明るいから、今日は歩いて帰る、か…ら…」
皐の声が途切れた。
「また、傷つかない内に予防線、張ろうとしてるの?」
「…!!」
後ろから抱きしめられて、再び身動き出来なくなった皐の耳に、
全てを見透かした克己の言葉が、聞こえた…。





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