3 repulsive
「…この問題、難しすぎるよー…。」
「どれ?…ああ、これは、さっきの公式を使ってこう解くと…ほら。」
「あっ!ああ…そうか分かった!」
「じゃあ、この問題解いてみて?さっきの応用だから。」
あれから5日経っていた。
あの次の日、沢井さんは本当に車で迎えに来てくれて、
午後の数時間を、勉強に費やして、勉強が終わったら、お茶を飲みながら少し話をして、
夕食前にはきちんと家まで送ってくれる。
沢井さんの教え方は丁寧で、あたしのバカさ加減をあげつらい
文句ばっかり言ってる信の教え方とはぜんぜん違っていて、分かりやすかった。
この5日間で、あたしの抱えていた山ほどあった学校の課題はほぼ片付いた。
「センセイの教え方、マジ分かりやすいよ。」
「…その”センセイ”はやめてくれないか?」
「えー、だって、勉強教えてくれてるんだから、センセイで合ってるよね?」
「…その呼び方やめないなら、教えるのやめる。」
「ウソ!?それだけはやめてー!!せっかく勉強分かりかけて来たんだから。」
「でも君、自分のことバカだバカだ言ってたけど、
真面目に取り組めばちゃんと出来るじゃない?呑みこみ早いし。」
「でも、勉強なんか嫌いよ。」
「それは、きっと、君が本当に学びたいことじゃないからだよ。」
「…本当に学びたいことって、なによ…。」
「それは君が見つけることだよ。」
「…センセイには、分からないよ。」
皐がぽつりと言った。
「え?」
「…あたしね、教師の子供だから、小さい頃からずっと
『勉強の出来る子』じゃないと駄目だったんだ。」
「…?…何それ?」
「…だからね、私の成績が悪いと、親が恥をかくから、
いつも勉強してなくちゃいけなかったんだ、あたし。」
「……。」
「少しでも成績が下がったり、テストで悪い点取るとね、叩くの、父親が。
そして、決まってその後に言うの。
『おまえじゃなくて、信くんがうちの子供ならよかったのに。』って。
だからかな、今でも信の顔見ると、もうむかついてむかついて。ま、逆恨みなんだけどね。」
皐はちょっと自嘲的な笑みを浮かべた。
「そんなこと言われて、それでも勉強続けたのか?」
「…高校受験まではね。でも、本命の学校の受験当日の朝、電車に乗っている内に、
なんだか全てが嫌になっちゃって、受験、すっぽかしちゃった。
初めて自分の意志で親に反抗したの。」
克己は唖然とした。
「怒られたんじゃないのか?」
「うん、殴られた。…でも、あの学校行かなくて良かったって、今でも思ってる。
…だって、あの学校の理事長は、父親と懇意にしてて、試験の結果がどうであろうと、
試験を受けさえすれば、受かるように話がついてたんだから…!」
「それから、二次募集で、今の高校に入ったの。
親はあまりあたしと口きかなくなったわ。
たまに口開けば、高校のことはもう仕方ないだけど、大学はちゃんとした所に行けだって
…笑っちゃうよね、まだ諦めてないんだよ。…また裏口狙うのかなぁ?…あいつ。」
皐はまた、小さく笑った。
克己は、無言のままだった。
「…ごめんね、センセイ。センセイにこんな話したって、困るよね。ごめんなさい。」
「…いや。でも、父親のことを『あいつ』なんて言っちゃいけないよ。」
「…お説教?」
「違うよ。…俺が君と同じ立場だったとしても、同じようにすると思うよ。
ただ…親を否定して蔑むことは、君自身を否定して、蔑むことだから。」
「…そっか…そうなんだ…。センセイ、頭いいね。」
「こう言うのは、頭いいとは言わないよ。でも…。」
「…でも?」
「この間、初めて会った日、犬の話をした時のこと、覚えてるかい?」
「…ラブの話?覚えてるけど…それがどうかした?」
「あの時、捨てられたラブのこと話した時、君、こう言ったよな?
『…置いてかれたって、嫌われたって、気まぐれでも、愛情かけられた方は、
急に気持ちは変えられやしない。』って。…あれは、君自身の経験から来ること…。」
「違う…やめてよ!」
皐はそれ以上聞きたくなくて耳を塞いだ。
だが、克己は彼女の手を耳からはずし、更に言った。
「やめないよ。…君は、親に愛されたいんだよ。」
「何であなたにそんなこと分かるの?
…愛されたい?あんな親に、私が!?絶対に、違う!」
「違わない。…なら何故君はここに来た?
本当に嫌なら、ここに来ないという選択肢もあったんじゃない?」
「…!そ、それは…行かないと家追い出すって言うから、仕方なく来たのよ…。」
「最初に会った時は、君のこと今流行りのギャル系の遊びなれた女の子なのかと思ってた。
…だけど、君は本当は、これ以上傷つくのが怖いから、自分から予防線を張って、
わざと、悪く振る舞ってるだけだ。」
皐は、克己の手を振り払った。
「…やめてったら!!あなたに何が分かるって言うのよ!?
見た訳でもないくせに!…帰る!!」
皐はノート類をかき集めてバッグに入れ、それを持って飛び出した。
「帰るって…歩いて帰るなんて危ないだろうっての…!」
克己は皐を追いかけるために家を出た…。