桜は、5人ほどの女子生徒に周りを囲まれ、体育館裏に連れて行かれた。
そして、そこには更に深緑のネクタイの生徒が二人と、青のネクタイの生徒がいた。
青のネクタイは三年生…最上級生である…。
桜は、本気でめまいを起こしそうになった。
”いったい、この学校はどうなってるわけ…!?”
高校二年、三年にもなって、男にうつつを抜かして、ファンクラブなるものを作り、
気に入らない生徒を呼び出して集団で締め上げようとするなんて…。
と、桜は心底呆れ返っていた。
こんな低次元な連中が、先輩とは思いたくなかった。
騒ぎを起こしたくはなかったが、年が上でも、そう言う連中は先輩とは認めたくない。
あれから少しクラスメートや体育の合同授業で一緒になる隣のクラスの女子生徒に
それとなく話を振ってみた所、分かっているだけでこの入学して僅か1ヶ月あまりの間に
分かっただけで1年生の中で3〜4人ほどが、彼女らの被害に遭っていると言うのだ…。
それも、淳に図書室などの特別教室の場所を訊いただけとか、そんな些細な理由で、だ。
桜は、寄ってたかって1人相手に多数で数にものを言わせて振る舞う連中が一番嫌いだった。
相手は8人、自分は1人。
…何かあっても、人数的に相手の方が不利になるだろう。
8対1では、もし仮に乱闘になったとしても、こちらの正当防衛と認められるだろう。
桜はそう踏んで、腹を括った。
  そんな桜の心中を知ることもなく、沈黙を怯えと解釈した最上級生が、口を開いた。
「あんたさぁ、何で呼ばれたか、分かってるよね?」
「……」
とりあえず桜は無言を通した。答えるのも馬鹿馬鹿しい。
相手は桜が怯えてると勘違いな確信を更に深めたのか、高圧的な態度に出た。
「…あんたさぁ、入学したばかりのくせに、いい気になってチャラチャラしてんじゃないよ!」
お決まりのセリフと言うか、なんと言うか…。
中学の時も、先輩や同級生に、謂れのない呼び出しを幾度か受けた事があったが、
その時も今回と同じような感じだった。
マニュアルでもあるんじゃないかと思い、その考えに思わず口元が緩んだ。
「…なに笑ってんのよ、あんた!馬鹿じゃないの?」
「…はぁ?チャラチャラしてるのはそちらの方じゃないですか?…馬鹿なのもね」
「なんですって!?」
彼女たちが一斉に喚き出す。
”…あー、うるさい!”
「2年生、3年生にもなって、1人の男に群がっていい気になって、恥ずかしくないんですか?
今回のように訳の分からない因縁つけて1年生何人か、怪我させてるそうですね。
これ、公になったら停学処分の充分な理由になると思いますけど?」
「なっ…!?」
「しょ…証拠でもあるの!?」
桜の切り返しに少しうろたえながらも、最上級生が口を開く。
桜は冷静に言い返した。
「被害者の子のひとりに、話を聞いています。…もし事が公になったら、証言するそうです。」
これはハッタリだった。
怪我をさせられた子の見当はついているが、まだ話をすることは出来ていなかった。
近い内に話をしてみようかと思った矢先に、桜の方がターゲットにロックオンされてしまった。
恐らく、最初の服装検査の時から、目をつけられていたのだろう。
そして、今朝の出来事が引き金になったのだろうと、桜は推測していた。
…まさか、朝の昼で、衆人環視の中、呼び出しをくらうとは思っていなかったが。
”…本っ当に、馬鹿みたい…。”
バレそうなリスクを、わざわざ自分たちで作り出しているのだから。
盲目的な嫉妬に煽られた女の短絡的な考えほど馬鹿馬鹿しいものはない。
桜はそう思った。
この際、徹底的にやり込めてやろうと決心した。
二度と、こんな馬鹿げたことで被害者が出ないためにも。
「…どうします?ここでやめておいた方が身のためだと思いますけど?」
最終警告のつもりだった。これで引くならよし、引かないなら…多少痛い目を見ることになるだろう。
…相手が。
「先輩に向かって偉そうに…生意気な1年ね!
大体その校則違反だらけの服装は何よ!それで江川君の気を引いて、構ってもらおうとしてんの!?
魂胆ミエミエなんだよ!」
最上級生がヒステリックに叫ぶ。
その内容は、勘違いもいいところだった。
誰がいつ、あの男の気を引いたと言うのだ?
彼女たちのうるささに辟易していた桜が、彼女のその言葉でとうとう切れた。
「…先輩だから何だって言うのよっ!?構ってもらいたがってんのはそっちでしょ!
男1人に大勢で群がってみっともないったらありゃしない!
江川君江川君って男の事で年中頭狂い咲きしてるあんた達みたいなのと一緒にしないでよ!!」
「…え?」桜の啖呵に彼女たちが呆気にとられる。
今まで、こんな風に自分たちに面と向かって楯突く相手などいなかった。
だからこそ桜の反撃に、どう対処していいのか掴めていない様子だった。
「こんな時だけ先輩面しないでよね!…あたしは、尊敬できる人しか先輩と認めないのよ!
男にうつつを抜かして嫉妬にかられてリンチなんてする低レベルな人を先輩として敬えなんて
地球が逆に回ったって絶対無理」
「何ですって!?」
「尊敬されたきゃそれ相応の事してから言いなさいよっ!」
切れた桜の毒舌にかなう相手などいなかった。
腕も立つが、口も減らない。相手にとっては厄介な相手だろう。
口で言い負かされれば当然暴力に訴えてくる相手もいるが…桜にそれは通用しないのだから。
「…この…っ!」
最上級生が、かっとなって手を振り上げる。
桜は微動だにせず、その手を左手で難なく振り払った。
そして、膝の辺りに蹴りを入れて(もちろん、大幅に手加減してだが)転ばせる。
「きゃああっ!」
相手はあっけなく地面に尻餅をついた。短いスカートがめくれ上がり、派手な下着が晒された。
「…桜っ!後ろ!!」
夕香里の声が聞こえたが、一瞬遅かった。
「!?」
桜は背後から、二年生に羽交い絞めにされた。そして、前からもう一人が殴りかかってこようとした。
だが、桜は怯む事も慌てる事もなかった。
桜は羽交い絞めにされたまま、殴りかかってきた相手の手首を、タイミングをはかって狙って蹴り上げた。
がつ、と、鈍い音がした。
「…きゃっ!?」
相手は手首を押さえてあとずさった。
そして、間髪いれずに羽交い絞めにしている二年生の足を力一杯踏みつけた。
そして、膝の辺りに、蹴りを一発。
「…いったーいっ!」
拘束が緩んだ一瞬の隙に、腕を振り解く。
そして、うずくまる相手の頭上スレスレに、間髪入れずに回し蹴りを見舞う。
「…桜!ダメよっ!!」
「…ひ…っ!?」
桜の足が、目にもとまらぬ速さで頭上を通り過ぎた。
ヒュッ!と音がして、彼女の頭頂部を風が駆け抜けた。
…こんな蹴りがまともに当たっていたら…とても無事じゃいられない。
もちろん、桜はわざと外したのだが。
相手はへなへなと腰が抜けたように動けなくなった。
…これで残るはあと5人。
「…次に痛い目に遭いたいのは誰よっ!?」
残った彼女たちは互いに顔を見合わせて…逃走しようとした。
「…あ!こら、待ちなさいよっ!!」
「桜!落ち着きなさいってば!!」
「夕香里、離して、あいつら一発殴らないと気が済みそうにないのよ!」
「これ以上やったらあんたも何かしら処分受けるって!やめなさい」
夕香里が、彼女たちを追いかけようとする桜を慌てて引き止める。
三人をあっと言う間に戦意喪失状態にした桜を見て、彼女たちはとてもじゃないが敵わないと判断した。
あまりにレベルが違いすぎる。強すぎる。
今まで子達のようにちょっと脅せばすぐにおとなしくなると思っていたのが…とんだ誤算だった。
「きゃっ!?」
が、逃げようとした彼女たちは、目の前に立ちはだかった人物に驚いて固まった。
「え、江川君…!?」
さやかが呼びに行って、駆けつけた淳が、怖い顔をして立ちはだかっていた…。

その後ろには、数人の風紀委員が駆けつけて来ていた。
「…間に合ったぁ…」
夕香里が、ホッとしたようにさやかを見た。
さすがに、今回の桜の切れっぷりはすさまじく、夕香里にも止められそうになかった。
なんと言うか…中学の頃より磨きのかかった暴れっぷりだった…。
”なんか前よりパワーアップしてるし…。よっぽどストレス溜まってたのねぇ…。”
兄の通っていたこの高校に通いたいと言う目標の為に、桜は必死で受験勉強に励んでいた。
この高校に入学することは、桜にとっては、少し高いハードルだった。
だから、塾に通い、なおかつ朔の協力を得て、受験に備えたのだった。
勉強漬けになっていた間は、暴れている暇などなかった。
兄の朔も、その間は桜に空手の稽古をつけるのは控え、その分受験勉強の面倒を見る為に時間を割いた。
だが、桜に暴れるのをやめろと言うのは、赤ん坊に泣くのをやめろと言うのと同じくらい無理難題に近い。
それでも桜は目標達成の為に黙々と勉強に励んでいたのだが…。
だがやはり、ストレスは着々と蓄積していたらしい。
今回の騒動で、その溜まりに溜まっていたストレスが、一気に噴出したのだろう…。





「…取りあえず、彼女たち全員、生徒指導室に連行しといて」
「ち、違うのよ、誤解よ!江川君!…注意しようとしたらあの子がいきなり暴れだして…っ!」
ウソの言い訳をしようとした一人が、淳の表情に気付いて口を噤む。
今までに見た事もないような、厳しい表情だった。
どうやら、彼女たちは本気で淳を怒らせたようだ…。
「…悪いけど、君たちのやり取りは、全部聞かせてもらってたから。…これでね」
淳は、冷ややかな声でそう告げると、持っていた携帯を彼女たちに見せた。
さやかが自分の携帯から夕香里に電話して淳に渡し、淳は騒ぎの一部始終を聞きながら
ここまで駆けつけたのだった。
彼女らの言動は、すべて淳に筒抜けだったのだ…。
彼女たちが自分たちに都合のいいように言い訳しようとしても、もう手遅れだった。
「どうやら他にも余罪がありそうだし、追求はあとでゆっくりさせてもらうから、覚悟しておいて」
淳にビシッと言い切られ、彼女たちはがっくりと肩を落として、風紀委員に連れられて行った。

淳は、彼女たちが連れて行かれるのを見送ってから、桜の方へと向き直った。
「…さて…おい、河瀬!」
「なによっ!」
まだ機嫌の悪い桜は、淳をキッと見据えた。
元はと言えばこの男が今回の騒動の元凶である。
あんな集団を野放しにしておくから、今回のような騒ぎが起きるのだ。
「……校内で乱闘騒ぎなんて、何考えてるんだ!?」
「元はと言えば、そっちがあんな集団野放しにしてたからでしょ!?
こっちこそ巻き込まれていい迷惑だわ!どうしてもっと早く対処しなかったのよ!」
「…悪い」
桜のものすごい剣幕に、さすがの淳もたじろいだ。
「だいたい、あんたがはっきりとした態度取らないから、あの連中がつけ上がってたんじゃない!
ちやほやされていい気になってるからよ!」
「ち…!誰がいついい気になってたって言うんだ!?」
「あんた以外に誰がいるっての!?」
まだキレたままの桜の言葉には、容赦がなかった。
風紀委員や、淳を知る他の生徒にとっては、信じられない光景だった。
校内の素行不良者でさえ一目置く(と、言うか、恐れられている)ほどの淳が、
一年の女生徒に一方的にやり込められている光景など、そうめったに見られるものではない。
「…おまえなぁ!!」
「おまえなんて、気安く呼ばれたくない!」
「…っ!」
「…あんたがあたしに構うから!あの連中が変に騒ぐのよ!」
「ちょ…桜!」
夕香里が桜を止めるが、桜の言葉は止まらなかった。
「もう二度とあたしに構わないで…それと、あの連中、解散させるなり何なり、ちゃんとして!
…次に何かあったら、あたし二度と手加減なんかしないから!」
「…おい、ちょっと…待てよ!」
淳は桜の肩の辺りをつかんだ。
「やっ…離してよっ!!」
その瞬間、桜は振り向きざまに淳の腕を振り払った。
その拍子に、桜の手が、淳の頬の辺りを直撃した。
意図したものではなかったが、これで桜は一日に二度も、淳をひっぱたいた事になる。
「……あ…」
「…ってー…」
「ご…ごめ…!」
桜は、あたふたと謝り、淳が何か言うより早く、踵を返してその場から走り去った。
「あ!…おい!」
「ちょ…!桜!?…先輩、すみません、失礼します」
夕香里は淳に頭を下げると、慌てて桜の後を追って戻った。
「……」
淳は、呆然と、その場に取り残される形になった。
桜の炎のような激しさに、驚いたまま…。





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