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その日の放課後…。
「…おい!河瀬!河瀬桜!」
帰ろうとしていた桜は自分の名前を連呼するその声に、うんざりしたように振り返った。
「何でしょうか?風紀委員長」
「何でしょうか?じゃないだろう!何だ、この反省文は!」
淳は昼休みに桜が出した反省文を目の前に突きつけた。
淳は桜の生意気な態度への怒りで、出された反省文をチェックすることを忘れていた。
委員会に出席する前に反省文のことを思い出して、原稿用紙を見て、淳は唖然とした。
桜は最初の1枚に『校則違反をして申し訳ありませんでした。以後注意します』と書いて
残りの9枚には『以下同文』とだけ書いて提出したのだった。
「…こんな反省文、生徒指導の先生に提出できる訳ないだろう!」
「…それ以上書きようがなかったんですけど」
「…あのなぁ…」
「大体、原稿用紙10枚分も何をどうやって書けって言うんですか?
下手したら同じこと延々と書き続けてマスを埋めるだけになると思いますけど」
「…へ理屈言うな!…書き直しだ書き直し!こっちに来い」
「痛いってば!引っ張らないでくださいよ!」
淳はぎゃあぎゃあ文句を言う桜の腕を取り、有無を言わさず生徒指導室に引っ張って行った…。
「…すげ…あの子、何者?あの風紀の江川にあんな口きける女の子、初めて見たよ…」
「俺も。すげーわ、あの子。一年生だろ?」
その現場を一部始終見ていた二年生の男子二人がそう話しているのを聞いて、
夕香里とさやかは顔を見合わせてため息をついた。
「…あーあ…結局どうしたって目立つのね、桜は…」
「そうみたい…友達選び、間違ったかなぁ…?」
「…もう、後悔しても遅いかも…」
「はぁ…」
取り残された二人はもう一度顔を見合わせて、深々とため息をついた。
散々な言われようだが、それでも夕香里とさやかが桜と友達として付き合っている理由が、
『見ていて飽きないから』であるあたり、この二人も相当なものである…。
「…遅くなりそうだから、先行こうか?」
「そうだねぇ、とりあえず桜の携帯にメール入れておいて…そこの店に寄ってこっか?」
「そうしよう」
連行されて行った桜を見送り、夕香里とさやかは学校近くのバーガーショップに寄る事にした。
「…何時間くらいかかると思う?」
「一時間はカタいと見た」
「あたしは二時間くらい行くと思うけど…」
「…じゃあ、より近かった方が勝ちね。」
「負けた方がシェイク奢りね」
「オッケー」
桜が生徒指導室に拘束される時間を予想して、賭けをしている二人だった…。
…友達選びを間違ったのは、ひょっとしたら、桜の方かも知れない…。
”かったるー…”
白紙の原稿用紙を前に、桜はシャーペンを指先でくるくると回しながら心の中で悪態をついていた。
”だいたい、反省文10枚なんて、書いたって何になるって言うのよ…。”
心にもないしおらしい言葉を嘘八百並べ立てて原稿用紙のマスを埋めたって、
それが本当に反省していると言うことになるのだろうか…?
「…早く書かないといつまでたっても帰れないぞ?」
朝来たこの生徒指導室に再び連行されてから、すでに一時間が経過していた。
淳に見張られながら、何とか5枚までは書いたが、もうこれ以上心にもない言葉は出て来そうになかった。
「…俺だって暇な身じゃないんだからな」
「お忙しそうで。…ファンクラブのお取り巻きの女の人とデートですか?」
「…は?何言ってるんだ?」
「だって、大勢はべらせているんでしょう?」
「何か誤解してないか?勝手に騒いでるだけで、関係ないよ」
「関係ないから、その人たちが抜けがけした女の子ひどい目に遭わせるのも見てみぬ振り?」
「…何だって…!?」
”あれ…?知らないのかな…?”
「噂になってましたよ?一年の子がさっそく締め上げられたらしいって」
「一年の…何て言う子か分かるか?」
「さぁ…そこまではあたしにも分かりません。噂で聞いただけですから。
知りたいなら自分で調べたらいかがですか?」
仮に知っていたとしても教える気はなかった。
自分のせいで起きた揉め事は自分で解決するのが筋だろう。
いい気になって取り巻きをはべらせているような相手に、そこまで親切に教える気は桜にはなかった。
こう言う事になる前に手を打たなかった彼の不手際だ。
自分で収拾をつけるべきだろう。
「…そうするよ…で、どこまで書いた?…5枚か。内容も一応まともだし…これでいいよ」
「…は?」
「今回はさっきの情報に免じて許してやるよ。先生にもうまく言っておくから帰っていいぞ」
「…また職権乱用…?」
「あのなぁ…どうしても10枚書きたいと言うなら別に止めはしないぞ?」
「…いえ、遠慮します!」
桜は筆記用具をカバンに仕舞い、生徒指導室を出て行こうとした。
「ああ、おい、河瀬桜」
「あの、いちいちフルネームで呼ぶの、やめてもらえます?なんか、背筋がもぞもぞするんですけど」
「…おまえ、本当に口が悪いな…」
「おまえって言うのもやめて下さい。身内でもない人におまえ呼ばわりされるの、はっきり言って不快です」
「…じゃあ、河瀬、家はどこだ?」
「…は?」
「もう暗くなって来たし、危ないから送って行こうかと」
「…いえ、その必要はありません。家、近いですし…電話すればお兄ちゃんが迎えに来てくれますから」
「…お兄ちゃん…ねぇ…。河瀬、もしかして、ブラコンか?」
「ちっ…違いますっ!失礼な!!」
”こいつのキーワードは『お兄ちゃん』か…。昼間も学食でそんなやり取りをしてたな…。”
「…ほれ、帰るぞ。以後、服装に気をつけるように。ちゃんとチェックするからな」
「…げっ…」
「女のくせに『げっ』とか言うな、言葉遣い悪いぞ」
「…『女のくせに』って言われるのも嫌いです」
「だったら言われるような言動取るな。顔は可愛いのに、損してるぞ」
「…別に損得考えたことないです」
「ああ、もう!ああ言えばこう言う…!ほら、早く出て、鍵かけるから!」
「…はーい」
桜は淳に急かされるようにして、生徒指導室を後にした。
淳と桜が玄関を出ると、校門の前に見慣れた車が横付けされていた。
出てきた桜に気づいたのか、乗っていた人物がクラクションを鳴らした。
「桜!」
桜の3歳年上で、大学生の兄の朔(はじめ)が運転席から桜に手を振っていた
「…お兄ちゃん!!」
桜は兄の姿を確認するなり、ぱっと明るい笑顔を浮かべて車に駆けよった。
淳は、今まで見てきた桜と、今の桜のギャップに驚いた。
”…なんだ、ちゃんと笑うんだ…。”
可愛げのない女だとばかり思っていたが…。今の桜は素直で可愛いと率直に思った。
直後、はっと我に返ってその考えを打ち消す。
”…何を考えてるんだ、俺は!?あいつが可愛く見えるなんて!”
「…桜、そちらは?」
朔が淳に気がついた。
「あ…風紀委員長の江川先輩…」
「風紀?…桜、おまえ、何か問題でも起こしたのか?」
「あ…ちょっと、服装検査で引っかかって…反省文書いてた」
「しょうがないな、これからは気をつけろよ。」
「…うん」
「江川君…だっけ、妹が迷惑かけたようで、申し訳ない」
「…いえ」
「君もこれから帰るなら、良かったら送って行こうか?」
「あ、いや、俺はこれから予備校がありますので」
「そうか。引き止めてしまって悪かった。…じゃあ桜、帰るぞ、乗れよ」
「…あ、待って、お兄ちゃん、そこのバーガーショップで夕香里とさやかが待ってるの」
「ん?そうか、じゃあ、送って行こうか。…ここで待ってるから、連れておいで」
「うん!」
桜は道路を渡って、すぐそこにあるバーガーショップの店内に入って行った。
「…じゃあ、俺はそろそろ時間なんで、これで失礼します」
「ああ、じゃあ」
朔は人のよさそうな顔で淳に手を振った。
淳が歩き出した時、ちょうど桜が友人二人と店を出てきた所だった。
淳はそれをちらっと目の端に留めたが、そのまま予備校の方へ向かうバス停に向かって歩いて行った…。
なんとなく、微妙に面白くない気持ちを抱えながら…。
何が面白くないのかは、分からないままだったが、淳は説明しようのない微かな不愉快さを感じていた…。