出会った時の印象は、サイアクだと思った。

…第一印象は、カタブツで、融通の利かない人だと、思った。
あたしの、いちばん苦手なタイプだと思った…。


…第一印象は、やかましくて、口の悪い女の子だと、思った。
俺が、いちばん苦手とするタイプだった…。


なのに、どうしてだろう…なんとなく、姿を目で追ってしまう…。

彼女の声が聞こえると、その方向を見て、そこにいる事を確認する。

顔を合わせれば必ず言い争いになると分かっているのに、つい…。
まるで、日課のような言い争い。周りはみんなハラハラしながら遠まきに眺めている。
苦手なはずの相手が、どうしてこんなに気になるんだろう…?


…これは、そんなふたりの、出会った頃の話…。





「…ちょっと、そこの一年生!」
その声が聞こえた時、桜はそれが自分への呼びかけであると気付かなかった。
だから、振り向く事もなく、友人と話しながら玄関に入ろうとしていたのだが…。
「…きゃっ!?」
いきなり、髪の毛を後ろから引っ張られた。
「耳、聞こえないのか?一年生」
涙目の桜が振り返ると、怖い表情の二年生が桜の髪をつかんでいた。
二年生と分かったのは、学年毎に分けられているネクタイの色でだった。
深緑のネクタイは、二年生のものだった。
「い、いきなり髪引っ張るなんて!何するんですか!?」
「呼んでいるのに無視するからだろう…クラスと、名前は?」
「だから!何なんですか!?人に名乗るならまず自分から名乗るのが筋でしょう!?
…それに、髪、いつまで掴んでるんですか?離してください!」
「か、河瀬さん、風紀委員長だよ…。」
一緒にいた友達が桜のブレザーの袖を引っ張って小声で囁いた。
「……え?」
「だから、風紀委員長だってば!」
桜の髪を掴んでいた相手は、そこでようやく桜の髪を離し、風紀の腕章を桜によく見えるようにかざした。
「その子の言うとおり、俺は風紀委員長の江川淳。…君、ちょっと生徒指導室まで来てもらうよ」
「…な、なんであたしが生徒指導室なんか…!」
「…スカート丈が短すぎる、学校指定以外のカッターシャツ着用、鞄も靴も派手すぎるし、
髪型も規定を守っていない。…それと、アクセサリーをつけてくるのは論外。計6箇所の違反」
「……」
桜はずらずらと自分の校則違反を並べ立てられ、返す言葉がなかった。
いつもは校門前での風紀チェックが始まる前に学校に着いているので、何とか免れてきていた。
今日は寝坊して、バスに乗り遅れて、間に合わなかったのだった…。

ここ南郷学園は、比較的自由な校風で、一応校則はあるのだが、あってないようなもので、
よほど派手な格好をしていない限り、そうとやかく言われることはなかった。
このくらいの違反ならみんな当たり前のようにやっている事なのだが、
今年の風紀は例年より厳しいと、噂になっていたのを、桜はすっかり失念していた。
今までは教師による月一度の風紀チェックだけやり過ごせばよかったらしいのだが、
今年からは校門前で一日おきに風紀委員が登校して来る生徒の服装等をチェックしているのだ。
全学年の生徒から不平不満がたらたらなのだが、今年の風紀委員長は相当なカタブツらしく、
誰も何も言えないらしい…。
”この人がその噂のカタブツ委員長だったんだ…。”
今日は月曜日。…運の悪い事にその風紀チェックの日だった…。
”…失敗した。いっそ遅刻して来たほうがまだ良かったかも…”
淳は桜の目の前に手を差し出した。
「……?」
「生徒手帳、出して。」
桜はブレザーの内ポケットを探ったが…。
”…やば、生徒手帳、忘れちゃった…。”
「…生徒手帳、忘れました。」
「……違反、もうひとつ追加だな」
へらっと笑ってごまかそうとした桜に、淳のため息混じりの声が、追い討ちをかけた…。



「…くーやーしーいーっ!!」
お昼休み、桜はクラスメートと学食で昼食を食べながら愚痴をこぼしていた。
「まぁまぁ、今日は運が悪かったのよ」
「そうそう、そんなに怒りながら食べてると、消化によくないって」
クラスメートが必死で桜を宥めるが、桜の怒りはおさまらなかった。
「ここは校則が厳しくないのがウリの筈だったのに、なんで今年はこんなにうるさいのよ!」
なかば八つ当たり気味に、ぐさっ!と、お弁当箱の中の卵焼きにフォークを突き刺す。
そして、そのままぱくっ、と噛みついた。
「桜、行儀悪いよ…」
「校則が厳しくないのがウリだったって…河瀬さん、どうして知ってるの?」
「お兄ちゃんが去年ここ卒業してるの。」
「そうなんだ、じゃあ、今大学生?」
「ほう。お兄ひゃん、ほほの…」
「桜、口の中にもの入れたまま喋らないでよ…」
「…あ、ごめん…」
桜は口の中の卵焼きを飲み込んで、缶のお茶を飲んでから改めて喋り始めた
「お兄ちゃん、ここの大学に通ってるよ。法学部」
「うっそ、マジ?すごいじゃない!」
「お兄ちゃん昔から頭よかったもの」
「うっわ、もしかして桜、ブラコン?」
「失礼な!」
「…話それてるよ。…ねぇ、ここって、前は校則厳しくなかったの?」
「うん、お兄ちゃんなんてノーネクタイ、茶髪、ピアスで通学してたけど、何にも言われなかったって
それに、あのくそいまいましい風紀チェック、去年はそんなものなかったって言ってたし」
その時、桜の向かいに座っていた生徒…中学からの友人の倉田さやかがぎょっとした顔をした。
「ったく、何でよりによって今年からあんなに煩くなったんだか…ホントにくそいまいましいったら…」
「くそいまいましくて悪かったな」
突然、桜の背後の頭上から声が降ってきた。
その声に聞き覚えのあった桜がおそるおそる振り向いた先には…。
「…げっ!風紀委員長!!」
そこには、朝やりあった風紀委員長の江川淳が手に学食のトレーを持って立っていた。
「『げっ』とはなんだ、『げっ』とは!」
「…いえ別に」
朝一番で生徒指導室に連行されて、クラス、名前を控えられ、校則違反の罰として反省文10枚を
明日の朝までに提出するように言い渡されて、桜は機嫌が悪かった。
そして今目の前に立っているのはその元凶である。
校則違反は自分に非があるのだが、そこまで厳罰に処される謂れはない。
大体、自分が罰せられるなら、他にも違反者は大勢いるのに罰せられないのが理不尽だった。
「…反省文あと10枚上乗せしてやろうか?」
「…そういうの何て言うか知ってます?職権乱用って言うんですよ。
朝のお話で反省文は10枚と決まったはずです。それ以上の枚数を書くつもりはありません。
…それとも、風紀委員長に逆らったら、反省文上乗せされるって言う決まりでもあるんでしょうか?」
「………おまえ、口が悪いな、河瀬桜」
朝の一件で、すっかり名前を覚えられてしまったらしい。
「…そういう先輩こそかなり口が悪いんですね?
あたしは先輩に『おまえ』呼ばわりされる心当たりはないんですけど?」
桜は食べかけのお弁当を片付け、丸めた原稿用紙を淳の前に突き出した。
「…反省文です。書きあがりましたので」
そして、桜は席を立ち、淳の前を通って学食を出て行った。
”なんて可愛げのない女なんだ!?”
淳は憤慨したが、その一方で、生意気で口の悪い一年後輩の桜のことが、なぜか強く印象に残った…。



教室に戻って来た桜に、後から戻ってきたクラスメートたちが血相かえて詰め寄った。
「ちょっと桜ー!あんたヤバいよ、風紀委員長にあんな口きいて!!」
「何が?」
「何がじゃないでしょ、この子は!あんた今ので間違いなく目をつけられたよ?」
「…別にそれが何だって言うの?風紀に目つけられたって言ったって…」
「バカ、違うわよ!目つけられたのは風紀委員じゃなくて、ファンクラブの方!!」
「…ファンクラブぅ?…何、それ」
「あの風紀委員長の江川先輩、顔良し、頭良し、スポーツ万能、しかもお家は開業医で
結構すごい人気あるらしいのよ?それで、2、3年が中心になってファンクラブがあるんだって」
「…は、ばっかみたい」
「…しーっ!!桜、声大きい!!それでね、ファンクラブに抜けがけして先輩に近づこうものなら、
呼び出されて寄ってたかってひどい目に遭わせるって…部活の先輩が言ってたよ?」
「そうそう、この間もさっそくやられた女の子が一年の中にいるらしいよ?」
「バッカみたい…関係ないわよ、そんなの。だいいちさっきは向こうが勝手に話しかけてきたんじゃない。」
「そうだけど!問題はそうと見ない人がいるかも知れないってこと!」
「…ケンカ売ってきたら返り討ちにしてやるわよ」
「桜ぁ…ほどほどにしときなさいよ?」
もう一人、さやかと同じく中学の時からの友人の早川夕香里が呆れたように桜を見た。
「売られたケンカはもれなく買うわよ、うちの家訓だし」
「物騒な家訓よねぇ…あーあ、これは相手の心配をするべきかしらねぇ…?」
桜と中学の時からの長い付き合いである夕香里とさやかには、
桜の言葉がハッタリではない事が身にしみて分かっていた。
また、返り討ちにするだけの力が桜にあることも、彼女たちは知っていた。
中学の時、そんな桜を止めるのにどれだけ苦労したことか…。
何しろ、中学の時に、桜のあまりのはねっ返りぶりについたあだ名は…。








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