4
淳はその足で気を失った桜を保健室に連れて行った。
「姉貴!」
「学校では先生って呼べっていつも言って…桜ちゃん!?何があったの!?」
この養護教諭、永瀬みのりは淳の実姉である。
結婚して姓が変わっているので、淳と彼女が姉弟だと知っているのは、
教師と桜や風紀委員など一部の生徒だけだ。
「ひどい…まさかあんたがやったんじゃないでしょうね!?」
「それが実の弟に向かって言うことか!?…長谷と宮城だよ。」
「ああ、あの問題児ども…!…とにかくベッドに寝かせて、手当てするわ。」
みのりはてきぱきと桜の傷の手当てをした。
「…脳震盪起こしているわね。少し休ませれば大丈夫。
怪我も、思ったほどひどくはないわ…。すこし顔は腫れるでしょうけど。
…ったく、女の子を殴りつけてレイプしようだなんて!
ガキの癖にろくでもない事考える奴らね…!」
教師とは思えない言葉遣いである。
だが、淳も考えてることはみのりと全く同じだったので、
そこには敢えて突っ込まないことにする。
「…それで、どうするの?校内でレイプ未遂なんてもみ消せる事件じゃないわよ。
こんな怪我まで負わされてるし。」
「桜がどうしたいか聞いてからにしようと思う。俺はさっき報復はしてきたけど。」
「…そう。私、もう少ししたら外出しなきゃならないけど、淳、付いていられる?」
「ああ。」
「そう。じゃ、これ鍵。それと、顔冷やす氷はあそこの冷凍庫に入ってるわ。
あと…言っとくけれど、ここではえっちは禁止だからね。
桜ちゃん怪我人なんだし、くれぐれも!無茶な事するんじゃないわよ。」
「…するか!…早く出掛けちまえ!」
みのりはひらひらと手を振って出て行った。
”…教師が普通あんな事言うか、まったく…。”
型破りな教師であることは間違いない…。
そのお陰で助けられた部分も多いので、淳はみのりには頭が上がらないのだが。
「う、ん…?」
桜は頬に冷たい感触を感じて目を覚ました。
「気が付いたか?」
「…先輩…?」
桜は起き上がろうとして、痛みに顔をしかめた。
体がふらついて、力が入らない。
「無理するな、軽い脳震盪起こしてるんだから」
淳はずれた氷の入った袋を桜の頬に当て直した。
さっきの冷たい感触はこれだったのだ。
「…あの二人は?」
気を失う前、淳が二人を痛め付けたのを思い出したのだ。
「…あの後逃げ出した。…桜、どうしたい?」
「え?」
「…どの道今回の事は学校側に報告しなきゃならないけど、
その前に桜が復讐したいなら…協力するぞ?」
淳にしては珍しく過激な事を言った。
普段は桜を諌める冷静な淳が、今回は止めるどころか、自ら手を出しただけでなく、
桜に報復を唆すとは…。
それだけ今回の事は腹に据えかねた事件だった。
こと桜に関わると、冷静ではいられなくなる。
桜も驚いただろうが、淳本人が一番驚いた出来事だった。
「…う、ん。…いい。私のやりたい事はさっき先輩が代わりにやってくれたし…。
正直言って、あの二人にはもう関わりたくない…」
「…そうか。」淳は桜の頭を撫でようとした。
桜が一瞬びくっと怯えた表情を見せた。
「…あ、ごめんなさい…私…あの…」
「…俺、桜に謝らなきゃならないな。…さっき、叩いたりして悪かったな、ごめん。
それに…今まで嫌がらせされてたのにも気が付かなくて、悪かった」
そのせいで、桜を危険な目に遭わせてしまった。
運良く助け出すことはできたが、もしも、桜が拉致されたのに、
気づく人間がいなかったら…今ごろ桜は…考えるだけでぞっとする。
「…先輩。」
”…もう、いつもの先輩だ。”
さっき感じた恐さは、今はもう感じられない。
桜はふらつく体を無理矢理起こして淳に抱きついた。
「まだ無理するなって…桜…」
「さっきのは、私も悪かったんだもの。
…それに、あんな嫌がらせなんかに負けないよ、私」
淳は笑った。
「それでこそ桜だ。もう少し穏便だと俺も助かるけどな」
二人は顔を見合わせて笑った。
不意に淳が桜にキスした。桜は少し驚いた顔で淳を見た。
そして、もう一度、今度はもう少し長いキスをした。
「…もう少し、休んだ方がいい。ここにいるから」
「でも、先輩…授業が…」
「いいんだよ。こっちのほうが大事だから」
桜は淳に促されて再びベッドに横になると…すぐに目を閉じて、そのまま眠りに落ちた。
淳は、桜の手を握ったまま、また椅子に座りなおし、桜の寝顔を見ていた…。
桜が目を覚ました時、淳は桜の手を握ったまま、椅子に体を預けて寝ていた。
桜が眠っているのを見て、つられたのだろう。
それに、多分受験勉強やら何やらで、あまり眠っていなかったのだろうと桜は思い当たった。
そっと、淳の手から、自分の手を外そうとしたが、
しっかり握られていて、外そうとしたら、起こしてしまいそうだった。
桜は、淳を起こさないように、そろそろと起き上がって、
淳にブレザーを着せ掛けようとした。
だが、左手だけではうまく着せ掛けることが出来ず…。
「…あれ…?」
淳が目を覚ました。
「あ…ごめんなさい、起こしちゃった…。」
「悪い、俺、寝てたのか…。」
淳は腕時計を見た。もう少しで5時限目が終わる時間である。
「…腹減ってないか?」
「そう言えば…少し、おなか空いたかも…。」
緊張とショックが緩和されて、少し眠って、そして安心したせいか
淳に言われて、桜は空腹を感じた。
「俺、何か買って来るよ。」
「…うん。」
淳が抜け出して校外へ出て、コンビニで適当に買って来たもので、
ふたりで保健室に備えてあるテーブルで向かい合って
遅い昼食を済ませ、後始末をしていると、桜がちょっと笑った。
「どうした?」
「なんか…いいのかなって思って。前風紀委員長と現風紀委員長が揃ってサボりまくりで。」
「ああ…まぁ、俺も桜も、周りが適当にごまかしてくれてるだろ。
…どっちにしろ、桜、その格好じゃ授業には出られないだろ?」
「うん…」
桜は、改めて自分の姿を見て、ため息をついた。
淳が言う通り、とてもじゃないが人前に出られるような格好ではなかった。
ブレザーもスカートも埃まみれで、ブラウスはボタンが殆ど取れて、
胸元が見えてしまっている。
ふと、淳の視線が、そこに向けられるのに、桜は気がついた。
桜はブラウスの胸元を掻き合わせるようにして、淳の視線から隠そうとした。
「あんまり…見ないでよ…。」
こんなボロボロの格好を、見られたくなかった。
鏡を見ていないから分からないが、きっと、顔だってひどい事になっているだろう。
…散々手加減なしで殴られたから、腫れているだろうし、痣にもなっている筈だ。
「…桜…」
いつの間にか、回り込んで桜の隣に近づいて来ていた淳に、
桜は抱きしめられた。
「先輩…」
「…もし…おまえがあいつらにやられてたら…俺、あいつら殺してたかも知れない」
淳の物騒な言葉に、桜が体をびくり、と震わせた。
「…完璧に無事ってわけには行かなかったけど…。
それでも、おまえが無事で、ほっとした。」
「…やられそうになった時、ぞっとして、気持ち悪くて、すごくいやだった…!
もう、触られるだけで、おぞましくて…!」
あの瞬間を思い出した桜が、淳の腕の中でがたがたと震える。
淳は、桜を強く抱きしめた。
「もう、あんな目にあわせたりしないから。…俺が、桜を守るから。」
「…先輩…ごめん…ごめんなさい。…ちゃんと、おとなしく女らしくするから…。
もう、迷惑かけないから…だから、だから…嫌いにならないで…」
最後の方は、涙声だった。
「嫌いになんてなる訳ないだろ…!」
淳は桜を自分の方に向かせて、桜の目を見つめて言った。
「先輩…先輩…っ!」
淳は、桜にキスした。
「ん…っ!…せんぱ…い…」
あんなことがあった後で、桜を傷つけてしまうのではないかと思ったが、
自分を抑えきれなかった。
「…ごめん。あんな事があったすぐ後なのに、こんな事して。」
桜は首を横に振った。
淳は…さっきみのりに言われたことを一瞬思い出したが…。
みのりには悪いが、黙殺することにした。
桜を抱き上げる。
「せ、先輩?」
そのまま、カーテンで仕切られたベッドの方に、桜を抱いて連れて行った…。