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「江川先輩ーっ!」何とも情けなさそうな声が俺を呼ぶ。
教室移動のため廊下を歩いていた俺は慌てたような叫び声に、いやーな予感がした。
大体こう言う声で呼び止められて、いい目にあったためしがない。
ああ、出来る事なら、聞かなかったことにしたい。
「江川、また後輩からのエマージェンシーコールだぞー。」
友人が笑いながら言う。
「おまえら他人事だと思って…。」
「いや、実際他人事だし。」
「…ほら、来たぞ。」
ぜーはー、と息を切らした一年生が告げた言葉は…。
「…さっ、桜先輩がまた…!」…予感的中だな。
最近俺が後輩に呼ばれる理由の八割方はこれが占めていると言っても過言ではない。
「…今度は何なんだ?」
俺は半ば予想はついていたが、一応聞いてみた。
「桜先輩が…っ、二階の男子トイレで…
煙草吸ってた長谷さんと宮城さんにくってかかって行って…!」
「…男子トイレぇ!?バカかあいつは…!」
よりによって学園一の素行不良二人組に一人で喧嘩を売るなんて!
「分かった。直ぐに行くから。」
俺は持っていたテキスト類を一緒にいた友達に預けて、後輩の後を追った。
俺の名前は江川淳。ここN学園の三年生。
一応受験生だが、付属の大学に進学予定なので、
ほかの受験生に比べると比較的楽な方だと思う。
…だが、全く何も勉強しなくていいと言う訳ではなくて、
ある程度の成績を取ることが推薦の条件なんだが…。
そんな俺を最近一段と悩ませてくれるのが…。
…ああ、いたいた。
「頼むよ、今回だけは見逃してくれって。」
「何言ってるのよ、堂々と校内で煙草吸っといて、
バレたら見逃せだなんて都合のイイ事出来る訳ないでしょ!」
男二人に威勢のいいタンカを切っているのが、俺の悩みの元凶、河瀬桜だ。
俺の一年後輩で、現風紀委員長(ちなみに俺は前委員長。)
そして…俺の彼女でもある。
「…ったく…融通きかねー女だな!」
桜が退かないと知って、二人は逆ギレしたようだ。
”そろそろ止めないと、さすがに今回ばかりは桜も無事じゃ済まないな…。”
「…桜!」
今まさに怒鳴り返そうとしていた桜が振り返った。
「先輩!」
「…長谷、宮城。いい加減にしとかないと停学くらいじゃ済まなくなるぞ?」
「…ちくしょう…覚えてろよ!」
二人は気まずそうな顔をして、捨てぜりふを吐いて立ち去った。
周りの野次馬達も騒ぎが収まったのを見てばらばらと散って行った。
「…桜、頼むからもう少し穏便に頼むよ。
ただでさえ風紀なんて、ああ言う奴らに恨まれやすいってのに…。」
「だって…穏便にしようとするとなめられちゃうじゃない…。
ただでさえ女の委員長ってだけで馬鹿にされるのに。」
桜は唇を尖らせる。
「……。」
…そう、俺の悩みは、南郷高校一のじゃじゃ馬(一部では暴れ馬とまで噂されている)と
名高い、彼女を好きになってしまった時から始まったのだ…。
「…くっそー、あの女ムカつくぜ!」
「江川の奴も相変わらずスカしやがってよ!」
溜まり場の旧体育倉庫で煙草を吸いながら愚痴っているのは、
さっき桜と淳にやり込められたあの二人である…。
「…江川の時もかなりやりにくかったけどよ、
あの女が風紀委員長になってから余計やりにくくなったよな!」
「大体、普通男子トイレの中まで乗り込んでくるか!?」
明らかに悪いのは彼らの方なのだが、自分たちのした事は棚に上げて、
淳と桜を逆恨みして罵っている。
この二人は、生徒指導室でも風紀委員会でもブラックリストの常連の生徒である。
比較的真面目な生徒の多いこの学園で、少数派の不良なのである。
タバコは吸う、制服は改造の上だらしなく着崩す、
陰で後輩や同級生を脅し、金を巻き上げる…。
彼らの素行不良は、数え上げればきりがない。
だが、それらが公にならないのは、皆、彼らの報復を恐れているからである。
「…何かあの女を黙らせるいい手はないかな…」
「あいつ、確か江川の女だったよな?」
「ああ、あんな暴れ馬を彼女にするなんて、江川も女の趣味悪ぃよな。」
「…俺、いいこと思いついた。
あの女と江川、二人まとめて復讐できて、黙らせることができるぜ?」
突然宮城が言い出した。
「マジ!?どうやるんだよ?」長谷は宮城を見て尋ねた。
「…あの女、犯っちまえばいいんだよ。」
「…はぁ!?あの暴れ馬をか?犯る気起きねぇよ!あんな色気のない女!」
「だけど、一度犯って写真でも撮っておけば、
バラ撒くぞって脅せば何も言えなくなるだろ?
江川だって、彼女がそんな目にあったなんて人には言えないだろうしよ。」
「!…そうか!」
ようやく宮城の意図を理解した長谷が頷いた。
桜の知らない所で、彼女を巻き込む悪企みが進行していた…。
そして…間の悪い時に悪いこととは重なるものなのだ…。
桜と淳の仲を揺るがすような事件が、もう一つ起きようとしていた…。